33年ぶりの神明用水

33年ぶりの神明用水

犬塚康博

むかし書いた「『村絵図』と地図にみる吉根の土地利用と水」が、先日、志段味の自然と歴史に親しむ会のホームページで公開されたが、読み返して思い立ち、雨の吉根に神明用水をたずねてみた。33年ぶりのこと。

地元の柴田純義さん(92歳)に、1時間ほど喫茶店でお話をうかがってから、柴田さん運転の車であちらこちらを見てまわる。まず、吉根橋南詰のポンプ場。ちょうど作業を終えるところだった農業土木委員の川本さんがいて、立ち話ながらお話が聴けた。

そのあと、グリーンビュー北にある取水口へゆく。夏草が覆うなか、取水口のコンクリートの一部がかすかに見えた(カラー写真中央付近)。水門開閉装置(モノクロ写真参照)は、いまもそこに立っているのだろうか──。

上に「神明用水をたずねてみた」と書いたが、実のところ神明用水はもうない。用水が導水した吉根の低地は区画整理で地盤がかさ上げされ、道路や水路の路線も一変した。神明山の地下を掘り抜いた隧道が残っていたとしても、その出口はかさ上げにより埋まっているだろう。だとすれば、神明用水の、目に見える唯一の痕跡が取水口なのかもしれない。

最後に、田植え直後の集合農地を周回した。時間とともに進む離農により、区画整理で残したわずかな農地も宅地に変わりつつあるという。それでも、植えて間もない稲が並ぶ光景は、神明用水の夢のありかを伝えているかのようであった。

 神明の用水が夢植ゑ田かな 犬塚康博

 

カラー写真、モノクロ写真ともに神明用水取水口付近から庄内川上流を見る。カラー写真は2019年6月筆者撮影、人物は柴田純義さん。モノクロ写真は1986年5月筆者撮影。

世話人会

シェアする